1. はじめに
数万年に 一度の火星大接近、今年の課題はこれに決まり!! 年頭の誓いでそう決めたのはいいものの具体的なアイデアのないままに3ヶ月が過ぎた4月初旬、Yahoo
Auction に願ってもないようなミラーが登場!! 16cm・F6.3でロンキーテストの縞模様はほぼ完全、「ン、どこかで聞いたようなスペック・・・」、そうなんです、高橋のTS-160のミラーだったそうな。
諸先輩方から高い信頼を得ているこの望遠鏡のミラーだったら間違いはないはず、ということで早速入札、『なになに、出品者は同じ埼玉在住、しかも近くではないですか』。それに自己紹介欄からHPを訪問すると、凄い!!
20cm・F15の長焦点屈折望遠鏡などを自作されておられる『自作の鬼』のような方・・・、これは何かのめぐり合わせと思い、何が何でも落札を目指すことに。
結果は、何人かの入札者と競り合いましたが入札単位が小額に設定されていたために信じられないような価格でゲット・・・。
早速取引条件の打ち合わせに入りましたが、「自作の望遠鏡、是非見せていただけませんか、鏡の引き取りは手渡しということで・・・」とあつかましいお願いにも快諾をしていただき、今回の自作劇が始まったのであります。
2. 惑星専用望遠鏡のコンセプトと基本設計
1週間近い出張のためにすぐにはミラーを取りに行けないもどかしさを感じながらも鏡の出品者のKさんとは携帯メールで連絡を取り合いながらワクワクの日々を数えていよいよKさんのお宅へ。
先ずは20cm・F15をはじめとするKさんの望遠鏡群を見せていただいて感嘆と驚嘆!!
本当に『凄すぎる』のです。大型の自作品にも拘わらず細部まで手抜きのない美しい仕上げ、使っている材料の豪華さと大胆さ、そして僅かに雲間から顔を出した木星像のすばらしさ・・・。どれをとっても、私がそれまでに見たどんな望遠鏡よりも格段にすばらしいのです。
Kさんと譲っていただく『お宝級』のミラーに応えなければ・・・、これはかなりのプレッシャーです。
そのような思いを感じながら、これからの交流をお願いして家路に着きました。
『お鏡様』に惑星専用としての性能を100%発揮していただくためには『普通でない鏡筒』を設計しなければなりません。惑星専用として不可欠なコンセプトは、
(1) 高いコントラストが得られること
(2) 『お鏡様』の面精度を維持できること
(3) 完全な光軸調整、合焦が可能なこと
などでしょう。高倍率用に長焦点の光学系などという要件もありますが、今回は既に入手した『お鏡様』が自作の対象ですからこの点は不可・・・。
鏡筒内の迷光を極力減らすことと、回折に影響する光路上の障害物のサイズをできる限り小さくすることが設計のポイントになります。
『お鏡様』に無理な力を加えないためには9点支持法がベスト、ついでに光軸調整の容易な方法についても考えてみることにしました。
このようなコンセプトを基に基本設計した鏡筒を図1に示します。
今回の鏡筒は最初から『惑星専用』と割り切っていますからそのために好ましい要素は全て盛り込むことにしました。
先ず、筒先には直径160mmの絞りを入れて光軸中心以外の光を排除、次に重量増を覚悟で筒先〜接眼部の距離を長くとる。そして鏡筒内部に直径160mmのいくつかの絞りをいれることにしました。これで迷光をかなりのレベルで防止できるはずです。筒先と筒尻には同じ曲率のフードを取り付けて鏡筒全体をエルゴノミックデザインとすることにしました。
図2は主鏡セルです。9点支持の形式ですが、一般的な9点支持セルと異なり、フローティングスタッドが光軸調整ネジを兼ね備える方法を採用することにしました。フローティングプレートの支点はボールジョイント接続にしてネジ3本だけで光軸調整時の鏡面のフリーな変位動作を妨げないストレスフリーな主鏡セルが出来上がるのではないかと考えてチャレンジすることにしました。
図3は斜鏡金具を示したものです。斜鏡の短径は35mm、セルの厚みを入れても直径37mmの斜鏡金具は主鏡の遮蔽率23
%という小さなもので、惑星用として魅力のサイズです。そして、スパイダーは1mm以下の できるだけ薄いもので製作することにしました。
また、斜鏡の光軸調整システムはボールジョイント方式として接眼部から見た斜鏡の変位をできる限り抑える設計をすることにしました。これは極小斜鏡の変位による主鏡のケラレを防ぎつつ光軸修正を容易にするための挑戦と位置づけました。
このようにして鏡筒の基本設計が出来上ったところでKさんに鏡筒の全体構想を見ていただいたところ、コンセプトに対してお褒めを頂くことができました。また、斜鏡スパイダーは0.5mmが良いのではないかというアドバイスも頂きました。
3. 材料集め
さて、自作する望遠鏡のコンセプトと基本設計が固まったところでいよいよ材料集め開始です。
鏡筒は軽量かつ必要にして十分な強度のあることが条件になります。腐食対策も考慮すると肉厚の薄いステンレス管がベストということになるでしょう。いろいろと調べた結果、栗本鐵工に『ステンレスシームダクト管』というおあつらえ向きの材料のあることが判りました。直径200mm、厚さは0.6mmから、長さは4mまで対応ということで1.2mに切断したものを知り合いのエンジニアリング会社を通じて購入することにしました。このとき、ついでに接眼部の穴あけ加工も依頼したのですが、薄肉ステンレス管にきれいな穴をあける加工はなかなか難しく、結果的にはレーザーカッターであけることになり、お願いしていた会社には負担をかけてしまいました。
また、鏡筒の注文と同時に鏡筒先端と後端、内部に設置する補強リングもアルミニウムで製作してもらうことにしました。
続いて主鏡と斜鏡回りの材料集めです。向かった先は池袋の『東急ハンズ』、ここにはさまざまな魅力的材料があります。主鏡のフローティングプレートとバックプレートは5mm厚のアルミ合金、ジョイント部のボールは斜鏡用に直径15mm、主鏡用に直径4mmの真鍮ボール、スパイダー用に0.3mmと0.5mmのステンレス板、ちょっと面白い材料としてミラーのストレス解消に効果のありそうな『ソフトジェル』という粘弾性材料、その他アルミ丸棒や与圧用のバネなど多数を買い込みました。
接眼部については高精度の合焦をするために電動フォーカサーの自作を考え、そのための素材としてYahoo Auctionで岐阜のKさんから小型ニュートン用のラックピニオンフォーカサーを含む『ガラクタいろいろ』・・・いや、『お宝いろいろ』を購入しました。
しかし、すぐに完全な電動フォーカサーを達成することも難しそうなことから保険の意味で笠 井トレーディングの2インチユニットも並行購入、とりあえずこれで行くことにしました。
4. システムの製作
いよいよ設計図に基づいて材料加工の始まり、使える道具は小型の旋盤とフライス盤、ボール盤、それに手押しの金ノコ程度です。
先ずは手始めに斜鏡金具の製作から開始しました。
写真2は切り出し加工の終了した斜鏡金具ですが、斜鏡ホルダーの内部にボール受けがあり、プレートとの間のバネで与圧をかける方式です。光軸調整はプレートに3本のネジを立てて斜鏡ホルダーを押すことで変位をさせます。ボールジョイント位置が斜鏡直下なので接眼部から見て斜鏡中心の変位は少なく、スムースで
十分な光軸調整量が稼げるようになりました。
写真3のようにクネクネ首を振る斜鏡金具の動きを見て思わずヤッターという気持ちになりました。
次に主鏡セルの製作を開始しました。主鏡セルの9点支持のフローティングプレートは正確に重量分散できなければなりません。また、主鏡側面の保持機構が鏡に歪を与えることも避けなければなりません。製作に当たっては予備のプレートも含めて6枚のアルミ板材を接合してフライス加工を行いました。そして、フローテ
ィングプレートの最外周には主鏡側面を支えるための垂直プレートを取り付けることにしました。(写真4参照) 機械加工で直径を出しましたので主鏡と当たるゴムスポットの厚み選択だけで支持の強さ調整ができます。
写真5(a)は9点支持のフローティングプレートをエンドプレートに取り付けるための光軸修正を兼ねたネジです。このネジの頭には直径4mmの真鍮ボールが取り付けて あり、(b)のようにバネで与圧を与えながらフローティングプレートの受け座に収まります。もちろん、与圧用のバネレートは主鏡重量に比べて大きく設定してあります。
写真6は完成した主鏡セルです。このユニットを鏡筒へ押し込み、エンドリングと鏡筒を直接ネジ止めして固定します。市販鏡筒の光軸修正機構付主鏡セルに比べて複雑な機構となっていますが、軽量で必要十分な強度を確保することができたと思います。
実際に、この主鏡セルにミラーをセットして光軸調整実験をしたところ大変スムースな動きを実現できたことが わかりました。
鏡筒前後の『絞りフード』は写真7のように東急ハンズの家庭用品売り場で購入したちょっと高級なアルミ鍋2個を利用して鍋底面の絞り加工部分から切り出しました。
鏡筒後部の絞りフード内には回転数を調整できるボールベアリング入りのファンを取り付けて鏡筒が外気温度に馴染む時間短縮を図りました。
最後に斜鏡スパイダーは鏡筒の内部リングが出来上がってから製作を開始しました。
『お鏡様』を譲っていただいたKさんも、『接眼用ラックピニオン』を譲っていただいたKさんもスパイダーの厚みはできる限り薄い方が良いとアドバイスしてくださいまし
たので、取り付け構造をちょっと変更し て0.3mmのステンレス板でチャレンジすることにしました。
写真8は斜鏡プレートにスパイダーを取り付けるための加工結果を示したものですが、幅12mm・厚さ0.3mmのスパイダーはプレートにキー溝を切った上、キーにネジ止め固定しました。この構造はスパイダーに与圧張力をかけたときにプレート側の取り付け部分に加わる力に耐えるために考えた構造です。キー溝加工することで光軸に対するスパイダーの平行度も確保できるという副次的な効果も享受できました。
写真9は完成した斜鏡ユニットの全景を示したものです。スパイダーのリング側には10mm角と6mm厚のプレートでベースを作り、鏡筒の内部リングに固定しております。内部リングの僅かな変形でスパイダーに十分な与圧をかけられることが判りました。
完成した斜鏡ユニットを鏡筒に押し込み、リングと鏡筒を4本のM3ネジで固定して取り付け完了です。
5. 暫定的な組み立てとファーストライト
6月23日、主要な部品が完成したところでいよいよ組み立てです(写真10)。火星はもうすぐそこまで来ているはずですが、梅雨空の中で月すら見ることができません。
とりあえず完成した部品を鏡筒に組み込み、主鏡位置を決めることにしました。この鏡筒のファーストライトです。ドキドキ、ワクワクする気持ちを押し静めながら設計した場所に主鏡セルを仮固定して300mほど離れたマンション廊下の蛍光灯に焦点をあわせます。フォーカサーのドロチューブが2/3ほど伸びたところでみごと『合焦』!!
設計どおりの位置でした。焦点像を確認するためにピントの微調整をしていると蛍光灯の表面で動く小さな黒い点が見えます。程なくそれが小バエであることが判りました。鏡筒内部や斜鏡金具には迷光防止の塗装もしていないのにやけに良いコントラストが出ているナと感じました。(写真11)
これで『火星』への期待度がますます高くなってきました。
この後、仮組みした鏡筒は一度ばらして、鏡筒内部に迷光防止のリングとブラック塗装をすることにしました。迷光防止のリングは塗装なしでもコントラストが出たのでますます欲が出てきて、より遮光性の高い素材を探し回ったところ、近くのDIY店でナイロン芯+ゴム引きの網状防振シートを見つけてこれを採用することにしました。このシート、高さ2.5mmのゴム芯が5mm角の網目を構成しているもので、外からの迷光は網の中に捉えられて主鏡側から鏡筒面が見えなくなるはずです。
鏡筒内面に防振シートを貼り、ブラックカーボン塗料で内面を塗装、その他の光路部分も塗装を完了して再組み立てを行い光軸調整も完了。完成鏡筒の重量は7.6Kg、高橋のTS-1
60と比べると圧倒的に軽量な鏡筒に仕上がりました。(写真12)
しかし、今年は10年ぶりの冷夏で梅雨がいつ明けるのか判らない状況が続きます。火星はおろか、望遠鏡の性能確認すらできない状況がしばらくきます。
この間、鏡筒バンドとサブスコープを購入して埼玉の自宅に置いてあるSuperNova赤道儀に搭載してみました。鏡筒にサブスコープ、合計10Kg弱、小型赤道儀には重量的にちょっと心配ですがとにかくこれで『火星に向かう』準備はできました。(写真13)
早く梅雨の明けることを祈りながらの毎日となりました。
6. 性能確認
8/2、上空は薄雲が架かっているものの晴れそうな予感です。この日はわが町の花火大会の日で、娘の大学の友達や『お鏡様』を譲っていただいたKさんご夫妻をお呼びして我が家のルーフバルコニーからの花火大会見物納涼会となりました。娘たちは望遠鏡で花火を見てギャーギャーと大騒ぎ、まあそれでもいいか・・・。
それにしてもKさんは『晴れ男』なのか、花火大会が終了してしばらくすると東の空に火星が昇ってきました。早速望遠鏡を火星に向けると『ソリス(太陽湖)』が目玉のようにこちらを向いています。その光景に思わず『ゾクッ』としました。
写真14は8/3に撮影した火星で、ディーティルの表現から少なくとも16cm鏡レベル以上の写真撮影が可能なことが確認できました。
8/24には久々に顔を見せたベガを用いて焦点内外像の撮影を行いました。写真15の左が焦点内像、右が焦点外像です。
焦点内臓にはドロチューブによる干渉が見られますが、焦点面よりも外側ではドロチューブの影響もなくなります。いずれにしても対称性の良い焦点内外像であること、斜鏡とスパイダーの影響はほとんど感じられないことなどが判りました。
この焦点内外像をご覧になられた両Kさんからも非常に良い望遠鏡であるという『お墨付き』をいただくことができました。
7. 本格的な運用とその結果
このようにして16cm・F6.3の望遠鏡製作は目的を達成したわけでありますが、本格的な運用をするには大きな問題がありました・・・。
私が望遠鏡を据え付けている場所はマンション6階自室のルーフバルコニーで見晴らしと広さは最高なのですが、隣にある14階建ての高層棟によるビル風が強いのです。この風は虚弱なSuperNova赤道儀には振動となって堪えます。赤道儀のクランプが許容するギリギリまでバランスを崩しても振動は一向に収まりません。撮影の成功率は20%以下という悲惨な状態です。そこで『風問題』が想定されるようになった7月下旬、急遽、これまで温めてきた『大型赤道儀の自作』に走ることになりました。
自作赤道儀の記事は改めて別報といたしますが、とにかく超高精度の赤道儀を大急ぎで設計、お盆休み前までに外注加工依頼した部品を仕上げてもらい、休み明けからの本格的な運用開始を目指しました。
大型旋盤の必要な加工部品とアルミ合金部材は専門業者にお願いをして、アルミプレートと10cm以下の小型部材の旋盤とフライス盤加工は自分で加工、ピラー脚回りのアルミ溶接は鏡を譲っていただいたKさんが対応してくださることになりました。
写真16は完成した赤道儀に同架した16cm・F6.3望遠鏡の雄姿です。
この赤道儀、使用した機構体がレーザー用の超精密微動ユニットであるため に強度と精度ともに申し分のないものに仕上がりました。ちなみに、このシステムの名称ですが、たくさんの方々に助けていただいて完成に漕ぎ着けましたので、赤道儀にはFriendship2.0、望遠鏡にはFriendship160(FS-160)と命名いたしました。
そして、赤道儀が完成した8/19以降は風の影響を受けることなく、安定してシンチレーションの限界に迫れるようになり、それまでの2倍の拡大率での火星撮影が可能になりました。この効果は絶大で撮影した映像の解像度も格段に良くなり、その結果、画像処理も選択肢が増えて容易に好結果を出せるようになりました。
写真17は9/14〜9/17にかけて火星の南極環で発生した雲の噴出しの様子を捉えたものです。
このように、これまでは観望や鑑賞写真を撮影する程度に考えていた天体の趣味が一変して『観測レベル』のことができるという確信に変わりました。
8. おわりに
もともと私の天文は人と違う機材を持ちたいという『自作志向』が強く、自作に当たってはコンセプトを大切にしてきたのですが、今回の自作経験を通して限界に近い機材を作ることができるという『確信』を持てるようになりました。
しかし、機材に命名した『Friendship』の名のように、自分一人ではある部分で妥協してしまって本当に良い機材の自作までは行き着かないであろうということも実感いたしました。
今回のシステム製作では鏡を譲っていただいたKさん、合焦装置を譲っていただいたKさん、難題の加工を快く引き受けて下さった複数の業者の方々、多くの方々からアドバイスと協力をいただきながら仕上げることができました。
『・・・心より感謝・・・』の気持ちでいっぱいです。
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