北軽井沢観測所 大久保秀一
1.    はじめ
 『16cm・F6
.3』・・・今時のハイ アマチュア天文家が使う天文機材としては大口径のジャンルには入らなくなったこのスペックのミラーをYahoo Auctionで手に入れたのは今年の4月、TS-160というステータスを背負ったこのミラーはさすがにすばらしい『お宝鏡』で、これを使って自作した『火星行き天体望遠鏡』は16cm反射望遠鏡の期待値を遥かに超える良像を見せてくれることが判りました。
 しかしここで大問題が発生したのです。

 この望遠鏡の重量は7.6Kg、スペシャル機能満載でもオリジナルのTS-160よりは格段に軽量な鏡筒となったのですが、これを同架する赤道儀がSuperNova、設置場所が高層・中層の複合マンションの6階ルーフバルコニーということで新たに浮上した問題が・・・風・・・でした。
 ビル風は僅かな空気の流れでも増幅されて強風になります。マンション自室のルーフバルコニーという至近の観測スポットではありますがこの場所で安定した火星観測を行うためにはどうしてもこの風に打ち勝つ足腰が必要になります。そこで急遽、振動に強い強固な赤道儀を製作することにしました。
 せっかく赤道儀を自作する気になったのですから、求めるものが『強度だけ』ではいかにもお寒いので、昔から集めてきた材料を使って思い切り高精度・高強度で移動可能なデザイン性の優れたものを狙うことにしました。製作の目標は北軽井沢観測所で据え付け利用している高橋製作所のNJP、これ以上の精度と強度が得られれば自作は成功、これはなかなか手強い目標といえます。





2.    手持ちの材料
 高精度の赤道儀を全くゼロから設計・製作することはアマチュアにとってかなり困難な課題です。それは、精度の要求されるドライブトレインを単品・一発勝負で設計・製作できるかという本質的な問題であります。幸い、私は以前格安で購入したレーザー制御器用の高精度回転テーブルや直動ユニットを持っていましたのでこれらの中から利用可能なものを使うことにしました。
 写真2は今回の赤道儀に用いた回転テーブルユニットで、大型の2台は中心穴径が65mmでラジアルボールベアリングとスラストボールベアリングで回転軸が支持された最高の構造を持ち、片方のユニットには回転体と同じ直径の外周部に与圧機構付のウォーム&ホイールギアが付いています。これらの回転テーブルのうち、大型の2台を極軸ユニットとして、小型の1台を赤緯軸の微動ユニットとして使用することにしました。

3.    赤道儀の設計

 実際に微動用のユニットがあってもすぐに赤道儀が組み立てられるわけではありません。回転軸を微動側に固定したりフリーにしたりする複合軸機構やそれを支えるハウジング、さらには赤道儀を支える脚やモータードライブシステムなどさまざまな部分を設計しなければなりません。赤道儀のバランス一つをとっても重心位置の設定でデザインや使い勝手が極端に変わってしまうはずです。市販されている最近のドイツ式赤道儀はどれも北極側のフロントヘビーな感じが強く、ウエイトを外したヘッドが自立できるバランスのとれたものはないように見えます。脚の上に置いただけで自立できるようなデザインの赤道儀ヘッドならば使い勝手も良いはずですから、先ずはそのようなデザインの極軸体を設計することにしました。
 図1は手持ちの部品で完全に自立できる赤道儀を構成する場合の概略設計を示したものですが、このように厚みのある微動ユニットをプレートの後方に配置すればプレート前後のバランスの良くなることが判りました。
そこで、厚さ15mmのアルミ合金プレートで極軸ユニットのベースプレートを製作して回転テーブルを仮組みして見ました。
 写真3は仮組みした極軸ユニットで、写真4は自宅付近の緯度に合わせて極軸ユニットの仰角を固定するサイドプレートを取り付けたボックス構造体です。極軸ユニットは前後の重量配分が適切なので完全に自立できるものとなりまし
た。このような形



になってくると自作赤道儀が現実的なものに
見えてきます。
 ところで、今回の赤道儀製作では『火星に間に合わせる』という大命題がありますからゆっくりと設計をしている時間はありません。本来ならば概略設計ができると次は機構設計、詳細な部品設計へと続いていくのですが、今回はこれまでに経験してき転軸構造や材料の知識を活かして一気に詳細設計をすることにしました。



 図2は極軸体回転軸の設計図です。極軸体の回転軸は2つの大型回転テーブルを結合するためのもので、主軸は赤緯軸の固定
プレートを兼ねて自由回転側のテーブルに、微動体軸は恒星時駆動をするウォーム&ホイールテーブル側に取り付けて両軸は固定リングを介して摺動/クランプ状態を実現することにしました。この部 分の製作精度が赤道儀の強度 と追尾精度を決めてしまうことになるので、将来この赤道儀に同架する予定の鏡筒を想定しながら必要十分な強度の確保できる軸寸法とクランプ構造と材質を採用しました。図中薄水色の部品は軽量化のためのアルミ合金、薄青色の部品は主軸と一体化して微動体軸との間でクランプするための補強体でステンレス材、黄色の部品は微動体軸の内部に納めるブレーキリングでステンレスとの摺動性を考慮して真鍮材料を選びました。
 図3はこの赤道儀の軸のクランプ方法を示したものです。この赤道儀では、主軸(ステンレスクラッド軸)が自由回転側になっており、
微動ブロックとの間に挟みこんだ固定リング(真鍮)を弾性変形させることで主軸と微動ブロックを各2箇所で接触固定しようというものです。このような方法は各軸と固定リングの隙間を正確に加工しなければならないという加工上の課題はありますが、軸体を傷つけることなく確実にクランプできる方法として採用しました。このような極軸周りの製作部品とともにピラー材料も合わせてFS-160のミラーを譲っていただいたKさんから紹介してもらった材料屋さんに部材発注したのが7月の末、火星大接近に間に合わせるためには何としてもお盆休み前に部材が集まらなければならないギリギリの日程でした。
極軸ユニットの部材を依頼して、納期まで時間ができたので続いて赤緯体ユニットの製
作に入りました。
 赤緯体はできる限り軽量、簡素に製作することが極軸ユニットの負担を軽減することになります。そこで、昔の自作赤道儀の『定番』であったピローブロックベアリングユニットを使うことにしました。そしてできる限り自作率を高めるために自分で材料加工をす
ることにしました。



 写真5は製作した赤緯体の内部です。赤緯体の軸は直径20mmのステンレス製磨き丸棒で、これを2個のピローブロックベアリングで押さえます。更に、赤緯微動の回転テブルを鏡筒側には鏡筒取り付け用の軸体(軸径38.5mm)をステンレス丸棒に取り付け、この軸体を主軸とした図3と同じ軸体クランプ構造にしました。このようにすると、鏡筒は38.5mmの軸体で本体と固定されることになり、大型鏡筒を同架する場合に心配となる20mmステンレス軸の剛性を考えなくて良くなることを狙ったものです。そして、このような設計をしたことから、強度的に劣る20mmの赤緯軸はあえてウエイト側に貫通とはせず、ウエイト軸にもちょっと贅沢な直径38.5mmの固定軸を採用することにしました。
 写真6は極軸ユニットに赤緯軸ユニットを取り付けたところですが、この状態でも赤道儀ユニットは計画通り自立することが判りました。

4.    いよいよ赤道儀軸体の組み立て

 写真6までで赤道儀の外観は出来上がっていましたが回転ユニットを固定/微動駆動するための軸体が付いていませんでした。お願いしていた材料屋さんから連絡が入ったのがお盆直前の8/10、打ち合わせの結果、8/12にKさんと一緒に取りに行くことになりました。



 写真7は出来上がった極軸体です。主軸と主軸摺動リングは『焼きばめ』構造で完全に一体化され、接合部の一体感は予想以上です。すばらしい仕上がりに大感激でした。また、同時に注文したピラーユニットとなるアルミ合金シームレスパイプは直径が165mm、厚みが7.3mmで実際に持ってみるとずっしりとした重量感が追尾の安定性を約束してくれそうな予感でした。
早速、回転テーブルへ取り付けるための追加工を施して極軸ユニットが完成しました。加工は、各フランジ部に回転テーブルのピッチと同じ穴をあける作業で、この作業であける穴の位置ズレが生じると回転軸が芯ぶれを起こすので十分な注意が必要でした。
 写真8は極軸ユニットを北極側から見たところですが、中
央にあいている穴は極軸望遠鏡と赤緯ユニットを位置決めする際のガイドロッドを差し込む穴を兼用しているものです。
 写真9は南側から見たものです。主軸と恒星時駆動部の軸は50ミクロン以内の誤差で合っていましたのでこのままでも問題はなさそうだったのですが、さらに微調整を繰り返して最終的にはほとんど芯ブレを感じないレベルまで回転中心を合わせることができま
した。



 そして、完成した赤道儀のヘッドをピラーとなる150Aアルミシームレスパイプの上に恐る恐る載せてみますと、写真10のように見事に自立してくれたのでありました。
 ここまでの重量は、極軸体ユニットが10.7Kg、赤緯軸体ユニットが10.2Kgとなりました。極軸体ユニットは予定よりも2Kgほど軽く製作できましたが、赤緯軸体ユニットはウエイト軸を太いもので製作したのがたたって2Kgほど重量オーバーになりました。でもその分だけウエイトの重量を減らせるはずですのでここは我慢することにしました。
 さて、あとは『足』が残るだけです。

5.    ピラーの製作
 ビラーは安定性を考えると重いほうが良く、移動などを考えると軽いほうにメリットがあります。今回製作する赤道儀の目標は『高精度』ですから多少の重量増を我慢してもできる限り安定なものを製作しようと考えました。
 ピラー本体に選定したのは150A-7.3t-900Lのアルミシームレスパイプです。アルミの肉厚が7.3mmありますからピラーのパイプだけで10Kgあります。また、同じパイプを150Lの長さに切り、更に縦に3分割、これをプレス機で曲率を少し広げてピラーに脚を固定するためのプレートを作りました。ピラー上部には65A-5Kのアルミフランジを取り付けて赤道儀ユニットの固定をすることにしました。

 

 普通のピラーの場合、脚は鋳物トラス造の立派なものが付属しますが、自作の場合トラス構造は困難です。そこで50A-5.5t-600Lのアルミシームレスパイプをプレス機で少々つぶして楕円形断面のパイプを作って脚材にすることにしました。
 写真11はピラー脚として準備した溶接前の材料です。(50A-5.5t-600Lのパイプは
脚の傾斜を確保するために両端を80度の角度に切り落としてあります)
 写真12は脚先端の石突きの部分で、65Φ-70Lのアルミ丸棒の一端をフライスで平面研削してパイプとの溶接面を作り、縦方向にM12ネジを切り、この部分で極軸の高度調整ができるようにすることにしました。M12(ステンレスネジ)の先端は球面研削をしてアルミ製の円盤で受ける構造にして設置面の傾斜に対応できるような構造にしました。また、M12ねじ上部に付いている真鍮ブロックはテーパーロック型のダブルナットで、アルミブロックに切ったテーパー受けとの間でネジのガタを固定するようにしてあります。
 材料と溶接前の加工が終了したところでいよいよ『アルミ溶接』です。

 アルミ溶接はKさんが快く引き受けてくださったので安易に「お願い」することにして、残暑の残る9月初旬の昼下がり、ルンルン気分でKさん宅に材料を持ち込んだのですが、これが大変な作業と技術を要するものであることが判りました。アルミは熱伝導性が高く酸化されやすいので、大気中で鉄溶接をするように簡単に溶接することができないのです。
『汗だく』で溶接をしてくださるKさんの隣で私は溶接の進行をただ見守っているだけでした・・・。Kさんには本当にお世話にばかりなってしまいました。(実は私、大学で金属系、しかもアルミ精錬研究室の出身なのですがアルミ溶接の経験はなく、このときほど無力さを感じたことはありませんでした)

 写真13はKさんのおかげでめでたく完成したピラー脚で、想像以上のすばらしい出来栄えとなりしまた。

6.    最終の組み立て調整とその性能
 このようにして自作赤道儀のほとんどの部分が完成しました。これを組み上げるとちょ
っとウエイト重量が不足していました。しかし剛性感はバツグンで、火星を500倍で観測していても風でゆらゆら揺れる動きは全く感じられません。ただ、脚部の剛性だけがやや不足している感じで、ピラーを叩くと短周期の振動が起こります。まさにビョョョ〜〜ンというバネのような振動で、これぞ剛性の塊りといった感じです。写真撮影などで問題になるようなものではないのですが、多少気持ちが良くないので図4のように、全重量を脚で支えるのではなくピラー直下にレートの高いバネを配置して全重量の半分以上をピラー直下に逃がしてしまおうという振動防止対策を考えました。現在のところ写真13のようにピラー直下にパンタグラフ式ジャッキを置いて重量の分散を図っていますが、これでも振動防止の効果は絶大です。
 また、不足していたウエイト重量は、別の大型ウエイトを用意する方法もあるのですが、赤道儀の負担低減には軸モーメントの方で稼いだほうが軽いウエイトで済むことから赤緯体ユニットのウエイト軸の先端に250LのM16ネジを足して2Kgの鉄製ハンドルをねじ込む形にしました。もともと『ハンドル』ですから見栄えもバランス合わせ時の操作性もバツグ
ンのものとなりました。



 この赤道儀、極軸合わせは赤緯体ユニットを取り付ける前に行います。写真9のセンター穴にカートン製の極軸望遠鏡を取り付けてレチクルパターンに北極星をあわせます。その後、極軸望遠鏡を外して赤緯体ユニットを取り付け、更に鏡筒を載せます。このように、極軸合わせの後で赤緯体などを取り付けても極軸が狂うことはありません。これまでの何回かの組み立てでは、1時間の火星追尾で火星半個分程度のズレに納まるようですし、さすがにレーザー用の高精度ドライブユニットだけあってピリオディックモーションやバックラッシュは全く感じません。
 写真15は今年10月初旬に福島県の石川町で行われたスターライトフェスティバルの会場での本システムの写真です。
写真右側に見える巨大な屈折望遠鏡はKさんの20cm・F15屈折チタニウム鏡筒です。私のこのシステムは近年の大型自作鏡ブームの中で大きさこそ最小に近いものでしたが、『良い焦点内外像のニュートン反射』、『面白いほど高精度な赤道儀』ということで多くの自作者や鋭眼者の方々に見てもらい、今後の自信になるような評価をいただくことができました。
 当初、この自作赤道儀の目標がタカハシのNJPであると述べましたが、実際にはこの目標は軽々クリアすることができて、赤道儀そのものの性能としては今のところ市販品を含めても『敵なし』と思っております。(高精度赤道儀を供給されておられるメーカーさん、全ての赤道儀を見たわけではありませんのでゴメンなさい)

7.    システムの命名

 このように赤道儀システムを完成されることができました。いかに手持ちのユニットがあったからとは言っても、7月下旬に製作の必要性にかられて、9月の初旬には完成形として実戦配備できたということは自分でも驚異的な速さの自作であったと思います。もちろん、このような芸当が私一人でできるはずはありません。機械加工をお願いしたメーカーさんやアルミの溶接に大汗を流してくださったKさん、製作の過程で参考になる情報を提供して下さったホームページ上の自作仲間の方々あってのことです。
 そのようなことから、この赤道儀の名称を Friendship2.0 と命名いたしました。
 ここで、2.0の意味ですが、完成した赤道儀にはまだ十分な搭載余力があります。おそらく20Kg以上の鏡筒を搭載することが可能でしょう。ということで、次なる同架鏡筒は20cm・F10ニュートン反射の惑星専用機を製作するつもりになっています。今度はミラーの研磨からやる予定です。


8.    バックラッシュ『ゼロ』の秘密
 最後に、石川町で多くの方々に『楽しい』と言っていただけ
たバックラッシュ『0』の機構について種明かしをいたしましょう。
 図5がバックラッシュ・ゼロの駆動系の構造を模式的に示したものです。ホイールギア 側のベアリング(上下にニードルスラストベアリング、胴回り2箇所にラジアルベアリング)は省略していますが、その他の構造は概ね図のようなものです。



 ウォームギア(軸C)の両端はラジアルボールベアリングによってウォームハウジングに支持されていますが、さらにウォームハウジングの片端にもホイールの軸Aと平行な軸Bがあり、これも両端をラジアルボールベアリングでホイールギアのハウジングに支持されています。そして軸Bと反対の位置でボールプランジャーがウォームハウジングをホイールギアに押し付ける『与圧』をかけているのです。すなわち、ボールプランジャーがウォームギアとホイールギアの隙間を常にゼロになるように調整していますのでバックラッシュが発生しないのです。もちろん超高精度のウォーム・ホイールギアがピリオディックモーションの発生を防止しています。
 また、このユニットではホイールギアブロックの周囲に同じ径のラジアルベアリング溝が切られていて小径ボールが封入されていて巨大な軸径(約120mm)が確保できていることからピリオディックモーションの一因となる軸ズレも圧倒的に少なくなっています。
 このような構造は極めて高度な加工精度と加工工数が要求されるために一般の赤道儀のドライブトレインとして採用されることはまずないものと思われます。



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